悠々人生のエッセイ








1.温室風景

 もう冬に入っているので、寒い日が続いたと思うと、反対に暖かい日も多く、最近のお天気は誠に気まぐれである。だからせっかくの土曜日ではあるが、あまり遠出はしたくない。しかしそうはいっても、一方でちょっとした写真くらいなら撮りたい気もする。その二つの考えを総合して、どこか近場で花の写真を撮ることができる場所はないかと思ってWebで調べたら、川口グリーンセンターという公園があった。大きな温室はあるし、都合の良いことにカトレアの花が真っ盛りのようだ。iPhoneで調べると、なんとまあ、私の家近くの地下鉄南北線東大前の駅から乗っていけば、その最寄りの新井宿という駅までわずか30分足らずで着くというのである。そこから10分ほど歩くらしいが、これくらいなら大したことではない。自宅から埼玉まで、これほど近いとは思わなかった。それでは、ということで、お昼前に自宅を出たのである。

 新井宿駅に着き、地上に出ると、車がビュンビュンと走っている街道に出た。道ばたでいくら待ってもタクシーが通り掛かりそうにもないから、やはり歩くことにした。途中、岩槻街道という名前の国道に出た。そこの交差点に、ちょっとしたファミレスがあったので、立ち寄ったところ、たくさんの家族連れで店内はいっぱいだった。それでそこで食事するのは諦めて、川口グリーンセンター公園に向かってひたすら歩き続けると、やっと公園の外周らしき塀までたどり着いた。

 iPhoneのマップによれば、公園正門の前に、喫茶店がある。それを目指して行くと、途中で地元の家族連れが入っていくうどん屋さんを見つけた。これは良さそうだと思い、我々も入ると、小さなお店だけれど皆、楽しそうに食べていた。メニューを見たら、すき焼きうどんなるものがあり、珍しいのでそれを頼んだ。しばらく経って持ってきてくれたのが、要するに鍋焼きうどんで、その具がすき焼きだった。これがなかなか美味しくて、もう一度行って、食べてみたいくらいである。それにお値段もわずか700円と、誠に慎ましやかなものであった。私の住んでいる東京の下町近辺では、この内容なら1000〜1200円くらいはするだろう。

 それでお腹を満たし、さっそく公園に入ってみた。まずは外からも見えた大きな温室に行かなくてはと、そちらを目指した。温室は、二つのドームとなっていて、最初のドームは八角形で角が出ているような不思議な建物で、ここには、いろいろな熱帯植物があった。椰子の木、ブーゲンビリアのピンクの花、まだ青いコーヒーの実、バナナの木、タコの木などである。建てられてたのが昭和42年というから、もう43年前のことである。そのせいか、室内の植物は異常に背が伸びてしまっていて、椰子の木やバナナなどは、とてつもなく背が高い。こういうのも、善し悪しである。面白かったのは、月下美人の花が咲いて、その実であるドラゴンフルーツが生っていたことで、やはりサボテンの幹があの赤い実が突き出していた。次のドームに移るところには、いろいろな種類の熱帯睡蓮があった。これがまた、美しい色と形をしていて、望遠レンズ越しにひとつひとつの花をじっくりと眺めた。

「緋牡丹」


 次のドームはサボテンコーナーで、いやぁ・・あるある。有刺鉄線のごとき茎に赤い可憐な花が咲いているサボテンもあれば、丸い形にトゲトゲがこんもりと生えているものもある。頭に真っ赤な花をいただくサボテンがあり、その名も「緋牡丹」という。まるで昔のヤクザ映画の題名だ。

「奇想天外」


しかし、これはまだ良い方で、その奥には、「奇想天外」という名前のサボテンがあった。説明によれば、アフリカ南部のナミブ砂漠だけに生息する裸子植物で、2枚の葉を伸ばし続けて寿命が400年。ラフレシアとオオオニバスと並んで、世界三大珍植物と言われているとのこと。もっとも、オオオニバスに代えて、つい最近東大の小石川植物園で咲いたショクダイオオコンニャクを挙げる専門家もいるらしい。まあ、それはともかく、この奇想天外は、なるほど昆布のような形をした2枚の葉を左右に広げていて、意外に地味なサボテンである。30年前に愛好家から譲り受け、数年前から7月中旬になるとオレンジ色の花を咲かせるようになったというから、面白い。




2.カトレア

カトレア


 温室の次に、いよいよカトレアが展示されている建物に入った。説明によると、昭和39年からランの栽培を始めたが、昭和49年に元大正製薬会長の上原正吉さんからそのカトレア・コレクションの寄贈を受け、それ以来、カトレアの栽培に力を注いでいるという。現在では、1200品種、3500鉢を育てているという。まず正面にあったカトレアは、申し分のないほどの美形で、見ていてうっとりとするほどである。なるほど、これは凄いというくらいに次々にカトレアの鉢が並べられていて、それらをじっくりと見ていくと、それぞれ特徴があって、本当にこれだけよく集めたものだと感心してしまう。たくさんあったけれど、振り返ってみると、最初に見た白にボディを基調としつつ、突き出した花弁の真ん中が黄色でその周囲が紫色のものが、清楚で優雅なカトレアの特徴をよく表していた。

 ところで、途中、カトレアについての説明板があって、非常によくわかったので、そのあらましをここに記録しておきたい。まず、カトレアの名前の由来である。「18世紀初頭からの大航海時代になると、世界各地の珍しい文物がヨーロッパに紹介されるようになり、1818年にイギリスの園芸家であったW・カトレイ氏のところに、苔や種子の入った荷物がブラジルから届いた。ところがその梱包材として、厚い葉の植物が使われていたが、初めて見るものだった。その植物に興味をそそられたカトレイさんが栽培したところ、6年後になってとても美しい花を咲かせたので、カトレアと名付けられた」というわけであるが、その出だしからして、なかなかミステリー・タッチである。話として、なかなか面白いではないか。

カトレア


 その後、ヨーロッパの貴族の間で、カトレアを含むランの収集がブームとなり、ランの収集家が世界各地に散って目新しいランを次々ら紹介していった。同時に、新しいランの交配種も次々に生み出された。さしておもしろいことに、世界中で作出された膨大な数のカトレア新品種は、すべてイギリス王立園芸協会に登録されるという仕組みになっている。だから、カトレアの園芸品種は、ぜんぶ原種までその系統を遡ることが出来るとのこと。知らなかった。

 ところで、12月24日に放映されたNHKの番組「美の壺」で「カトレアの鑑賞法」が紹介された。それによると「カトレアは、三枚の花びらが逆三角形をし、かつその後ろにある三枚の額が正三角形をし、そしてこれら二つの三角形の中心が重なるのがよい。また、一枚の花びらが大きく、それでいて、中心部でそれらが重なる」のが良い花だという。そういう目でカトレアを見ると、なるほどそうかもしれない。ちなみに胡蝶蘭はというと、真円つまり丸いほどようのだという。人間の女性でいえば、瓜実顔より、フジヤのペコちゃん顔の方が良いらしい。

パフィオペディラム


 この建物には、カトレアだけでなく、同じラン科の植物であるパフィオペディラム(別名:天使のスリッパ)も飾られていた。その別名のとおり、スリッパといえばそのようにも見えないわけでもない不思議な形のランの鉢があった。カトレアが文句なしの美人の顔とすれば、こちらのパフィオペディラムは、田舎のおじさんの顔とでもいいたくなる風貌をしている。それも、人の良さそうな顔、日焼けしてシミがいっぱい浮き出た顔を思い浮かべるものだから、いつも笑いをかみ殺すのに苦労する花である。

パフィオペディラム







(平成22年12月18日著)
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