This is my essay.








 この2月、本郷に、こだわりの中華料理の店ができた。栄児家庭料理といい、本郷通りと蔵前橋通りとの交差点で、本郷二丁目の五差路の一角の一番目立つ位置にある。通勤途中の車の中から毎日眺めていて、運転手さんも気が付いていた。ある休日のお昼に近くを通りかかったので入ってみると、四川料理のお店だった。店内の真ん中に大きな液晶テレビがあって、そこにこの店主丸藤栄子さんのサクセス・ストーリーを流していた。この人は、本名は周栄児といい、四川省の出身で、来日して日本人と結婚した。日本に、四川の家庭料理を紹介したいと思って、板橋に第1号店を出し、これが2店目とのこと。

 そのビデオ、なかなかおいしそうなものを作っている。水餃子なのだが、新鮮な材料をそろえ、皮を上手に作り、そしてぐつぐつ煮たお湯に放り込んで出来上がりという調子で、思わず見とれてしまった。そうそう、注文をしなければとメニューを見ると、麻婆豆腐定食とか、担々麺など、四川料理らしく辛そうなものばかりである。かつて北京に行ったときのこと、現地で人気の四川料理店に案内されたことがある。舌がひりひりするほど辛かった。そこで、なぜこんなに辛いのかと聞くと、「四川省は、盆地なので湿度が高く、これくらい辛くないと食欲がわかないのだ」と説明され、なるほどと納得したことがある。

 そうそう、注文はと……、結局、担々麺を選ぼうとしたが、異な事に、汁なしと汁有りとがある上に、何と汁なしの方の値段が高い。これの違いは何だと聞くと、「汁なしというのが本当の四川料理ですが、日本では陳建民が汁付きのラーメンみたいな担々麺を作ってしまい、それが広まっただけで、本場は汁なしです。もともと、天秤棒に担いで売り歩かれた麺なので、担々麺といいます。」という。ほほう、それではこれが本場かと思い、汁なしにすることにした。

 「先に、水餃子を取りに行ってください。セルフでお願いします。」という。さっきのビデオの餃子である。ただし、ちと小振りである。それをいくつかいただいて、席に戻って食べる。なかなか、おいしいものである。柔らかいようで、少し腰のある皮である。それからしばし時間が経ち、その汁なし担々麺がやってきた。

 観察すると、三段構造である。上段は、担々麺特有の豚肉のそぼろと細ネギのみじん切り、そしてチンゲン菜とエビである。さして、味は感じないが、炒り胡麻の味はする。中段は、やや黄色いゆで麺そのもので、熱くもなく冷たくもない、やわらか麺である。そして下段が、真っ赤になったもやし、ピーナッツなどで、これがまたそうとう辛い、辛すぎる。これらを別々に食べると、上二段は味がなく、下段は辛すぎるので、全体を混ぜながら口に入れるものらしい。それをくりかえしているうちに、不思議なことに、舌にピリリと来る辛さに慣れてきた。そして、食が進むに連れて、普通の感じとなり、最後には、もっと辛いのはないかと思ってしまったりしたのには、我ながら苦笑いした。

 これは、確かに魅力的な味である。ビデオで店主は、「日本人向けに、辛さを控えめにするとか、そのようなことはしません。四川の家庭料理の味をそのままお届けします」と言っていたのはこれかと納得したのである。「よし、今度は麻婆豆腐定食を食べてみよう。」と思って、店を出た。ところが、担々麺のせいかどうかはわからないが、寒い中なのに、思わぬ不思議な力が湧いてきて、そのまま千代田区のオフィス近くまで、7キロメートルも歩いてしまった。我ながら、どうなってしまったのだろう。





(平成17年3月24日著)
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